平成22年 地域伝統文化総合活性化事業
横浜の近代建築資産の保全・活用によるまちの魅力づくり 記録集(平成23年3月)
 
■調査の目的と背景
□横浜の近代建築資産のおかれている現況
横浜には開港以来多くの近代建築が建設され、独自の文化と景観が形成されてきた。今日でも、継承されて来た近代建築資産が横浜らしいまちのイメージ形成に寄与している。
これらの近代建築資産に対し、横浜市では行政の「歴史を生かしたまちづくり」の長年の取り組みをはじめ、大学、専門家の団体、市民グループ等、地域の文化遺産を活かしたまちづくりに取り組んでいる人材、団体等が多数あり、個々の実績も豊かにあるが、これまでそれぞれが個別に取り組んで来ており、総体的な活動とはなっていない。
また、横浜らしいまちのイメージを形成して来た貴重な地域資源であるこれらの建物も、老朽化や所有者の代替わりで継承が困難になって来ている。
地域の文化遺産を生かした種々のまちづくりの活動と連携してその取り組みを総体として充実させるとともに、横浜の地域の文化遺産である「近代建築資産」の保存や活用を進め、更なるまちの魅力づくりへつなげる必要がある。

□本調査の目的
以上のような背景から、近代建築資産を更なるまちの魅力づくりにつなげるため、本調査では、近代建築資産の現況を把握することとした。
横浜市内には、開港にゆかりの都心部(中区)に多くの近代建築資産が現存しているが、中でもとくに近代建築資産の多く残る山手地区について近代建築資産の現況把握をし、今後の調査及び活用や魅力づくり検討の基礎資料とすることを目的として本調査を行う。
 
■山手地区洋館の現況調査
横浜市内でもとくに近代建築資産の多く残る山手地区を調査対象地区とし、山手の歴史的建築資産の中心をなす洋館について詳細な調査が実施された「横浜山手 横浜山手洋館群保存対策調査報告書」をベースに、これと比較することで、現存状況を確認する調査を行う。

□調査の概要
(1)主要洋館調査
 「横浜山手横浜山手洋館群保存対策調査報告書」(以下、「前回調査」と表記)で実測調査を行った主要建築物 49件について、現地での現存状況を確認し写真記録を行った。
(2)「悉皆調査」のためのモデル地区調査
 前回調査では、主要な洋館だけでなく、地区内の建物の状況把握を悉皆調査的に行っている。今回の調査では、次年度以降に本格的な「悉皆」調査(約700〜800棟)を行う場合の、作業量やまとめ方の形式などを予測するための予備的作業として試行した。

□主要洋館調査の結果
今回調査の結果、23年前の前回調査と比べて3割が建替えられるなどして消失したが、移築も含め7割程度が保全されていることがわかった。
これは、前回調査の後に施行された「歴史を生かしたまちづくり要綱」による横浜市認定歴史的建造物の認定を受けた建物が山手地区に多いことも要因と考えられ、この制度が、歴史的建造物の保全に効果があったと推測される。
全体としてはよく残っているという印象だが、今回は外観での確認のみであるので、内部の変更の状況などを調査する必要がある。また、所有者の意向(持ち続けることができるか)なども調査し、今後の保全の可能性を調査する必要があろう。

(1)主要洋館分布図
(2)総括表
[凡例]
× 現存せず  現存(保存状態良好)  外装など大きな変更があるが、現存  他へ移築(本来の地番には現存しないが、移築されて保全されている)
No.
建物名称
現存状況
備考
1
山手2番館
×
現存せず。滅失は近年か?
2
山手20番館
×
現存せず。植栽などもすべてなし
3
山手29-A番館
外装変更
4
フェリス女学院大学10号館
認定物件。2009年、外観修復
5
カトリック横浜司教館
認定物件。一部保存改築(山手カトリック教会司祭館・信徒館)
6
カトリック山手教会司祭館
認定物件。イタリア山公園内に移築
7
カトリック山手教会堂
認定物件。外観補修
8
山手45-2番館
認定物件。山手司祭館別館
9
山手46-4番館
外壁・建具など改修が行われた模様
10
日産山手寮
×
敷地は分割され宅地化
11
山手60-5番館
×
現存せず。旧ミッチェル邸
12
山手60-6番館
×
現存せず
13
山手61番館
×
敷地は分割され宅地化
14
山手68-A番館
移築(山手公園内)
15
山手68-B番館
×
現存せず。
16
フェリス女子学院短大6号館、別館
フェリス女学院学食として使用中、保存状態良好
17
山手68-C番館
×
18
山手68-D番館
認定物件。保存状態良好
19
山手69番館
認定物件。保存状態良好。屋根は瓦葺に変更
20
山手69-6番館
保存状態良好
21
山手69-8番館
認定物件。保存状態良好
22
山手69-10番館
認定物件。保存状態良好
23
セント・ジョセフ・ベーリック・ホール
認定物件。現べーリック・ホール
24
山手72-5番館
認定物件。保存状態良好
25
山手89-6番館
えの木邸
26
山手89番館
認定物件。旧塩田邸(修復)
27
山手90-9番館
×
現存せず。改築
28
山手90-8番館
×
現存せず。改築
29
山手90-13番館
×
現存せず。改築
30
山手111番館
横浜市指定文化財。保存状態良好
31
イギリス館
横浜市指定文化財。保存状態良好
32
山手124番館
33
山手124-5番館
×
現存せず。旧浅井邸
34
山手125番館
外構変更?工事中
35
山手126-3番館
×
現存せず
36
山手127-5番館
37
山手133番館
38
神奈川日冷事務所
×
「山手迎賓館」に改築
39
横浜共立学園
横浜市指定文化財。保存状態良好
40
山手214番館
現横浜共立学園。横浜市指定文化財。保存状態良好
41
山手234番館
認定物件。外観補修、内部改修
42
山手聖公会教会
認定物件。外観および内部の補修
43
山手237-1番館
外観(色彩)は変更されている
44
山手資料館
認定物件
45
山手250番館
現存せず。インターナショナルスクール体育館
46
三菱重工山手寮
×
3棟の戸建住宅に分割
47
山手267-1番館
保存状態良好
48
横浜外人墓地管理事務所
×
現存せず
49
外人墓地正門、正門復原図
(3)各建築物の現況
調査は、主要建築物49件について、前回調査との比較を外観の目視及び写真記録で行った。
記録は、地番ごとに調査シートを作成し、各地番の経年的な変化がとらえられることを目指した。シートは、今回調査結果、前回調査の外観写真と仕様、震災前資料の3点から構成する。

□「悉皆調査」のためのモデル地区調査の試行結果
この「調査」は、昭和59-60年度における調査方法を、基本的に踏襲して、現時点での分布状況を知る調査に着手するための、予備的な試行として行われたもので、49棟の現況確認調査と同時並行して遂行された。今回の試行調査の対象としたエリアは、「東部地区Aブロック」である。
■調査のまとめと今後に向けて
今回の調査をもとに、今後取り組むべきこととして、次のようなことが委員会(近代建築資産の保存・活用方法検討委員会)で検討された。
(1)建物内部の調査や所有者意向の把握などによる保全の可能性の検討
(2)環境物件の調査の実施
(3)主要洋館以外も対象とした地区全体の建物調査
 (現存している築年数の古い建物、戦後の建築物、地区外から移築により加わった歴史的建造物等)
(4)住宅や地域で展開された生活や文化の調査・記録保存など山手での生活文化の調査
(5)活用されている洋館の調査分析による、保全策の検討とまちの魅力づくりへの活用方策の検討
今後は、これらのテーマを精査するとともに調査体制を再検討し、山手地区をフィールドとする研究者や活動団体等との協働による多角的な取組みによって、近代建築資産の保全活用によるまちの魅力づくりを検討したい。